2015年3月3日火曜日

3/1 礼拝と東京での按手式

本日の投稿は、素敵な男性二人の写真です。
 右の男性が、4月からシオン教会防府、柳井で働いて下さる
 甲斐友朗先生です。手にしている封筒は、シオン教会からの
 お土産です。

  メッセージなさる甲斐先生
後ろには、同期の桜。

  3/2の徳山は、いつものように礼拝が守られました。

 本日の礼拝メッセージです。来週も礼拝は、3/8(日)10:45~
 行われます。

 

説教要旨】 マルコによる福音書1032-45節 
イエスさまはご生涯の最中、「受難予告」を3度なさいます。イエスさまとしての意気を込めた予告ですが、弟子たちはその予告を誤解して受け止めるのです。そこでイエスさまは今日の聖書で態度を変えられます。「主は先頭に立つ」とあります。珍らしいのです。今までイエスさまは弟子たちと共に歩く。今やイエスさまは従来の態度を変えられ、予告をなさるのです。

ところがやはり弟子たちです。二人の弟子が自己顕示を始めます。「右と左に座らせて下さい」「偉くして下さい」です。上昇志向は結構ですし、弟子と言う男性社会の中にあればこその願いです。苦しみを説くイエスさまに対して弟子たちは、受苦は可能と答えます。確約する彼らですが、主の十字架の際には逃走。「口約束」はいくらでも出来ますが、実行は困難です。

他の弟子たちは当初沈黙を保っています。けれど後半「二人のことで立腹」しています。何故の立腹でしょうか。「主のことを理解しない」という憤りか、抜駆けや自己顕示への憤りかもしれません。イエスさまは全ての弟子たちを戒めます。そして二度目の受難予告までには無かったことを語る。それはご自分の受難予告への意味づけ「全ての人に命を奉げる」です。

イエスさまのお言葉は、弟子たちの中に静かに浸透したのでしょう。十字架の時の体たらくは兎も角、その後弟子たちは、いわゆる「全うな最期」を遂げる者は無くなります。このヤコブは殉教、ヨハネは遠島の刑になりました。だから主は冒頭で「あなた方はやがて杯を飲む」と告げられたのです。直近では二人は命を惜しむ。しかし主は直近だけではなく、背きの罪だけでもなく、二人の生涯全体を見通されます。イエスさまは、私たちの生涯を見通して下さいます。

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