2019年11月10日日曜日

11/9.10.13 礼拝と献花

 11/6(水) 益田訪問時の教会遠景でした。
祈祷会を行い、そのまま六日市Cに向かいました。

11/10(日) 防府Cの礼拝堂です。
聖壇の色は緑。ここ最近、赤(宗教改革)→白(全聖徒)→そしてみどりと
変わりました。

今週、来週の予定は下記の通りです。

11/12 火曜日 牧師 千葉県館山市

11/13 水曜日 19時 六日市礼拝

11/15 金曜日 14時 聖書を学ぶ会 於:徳山 
 
11/16 土曜日 15時 柳井C礼拝

11/17 日曜日 10時45分 徳山C礼拝
        15時半 防府C礼拝
 
11/20 水曜日 19時 六日市C礼拝

いずれの礼拝、集会にもどなたでもお越し頂けます。
今日の礼拝メッセージ要約は以下の通りです。


ルカ福音書 1911-27
 主の話は、大変に後味が悪いものとなっています。27節「打ち殺せ」と。もちろんこれは主のお言葉でなく、たとえ話の「ある立派な家柄の人(12)」の言葉です。27節の言葉が無ければ、「ある立派な家柄の人」が誰かを特定するのは難しくないのですが、この言葉の故にたとえ話は難しいものとなるのです。主誕生の年、ヘロデ大王が逝去しました。不人気な後継者が、「王になるのを望まない(27)」デモ隊を武力鎮圧したという出来事がありました。主のこの話はおそらくその史実を下敷きに置いていると思います。

 主の話の要点は「ムナの運用」そこから「与えられたものを用いる」勧めとなります。マタイ福音書の「タラントの話」と似ています。あちらはそれぞれ「5.2.1」のタラント(才能、賜物)が与えられた。こちらは「それぞれ等しく1ムナ」ずつです。「才能」と異なる、神さまが私たちそれぞれに等しく与えられるものは何か。「命? 神の言葉? 」安易な結論は出せません。概算ですがタラントは5,000万円、ムナは50万円ほどの価値の貨幣単位です。

与えられたものを用いる。例えば「命」を用いるとは、他者のために自身を捧げること(人のため自分の持ち物を用いること)でしょう。「み言葉を用いる」とは、様々な形で主のみ言葉を具体化してゆくことでしょう。伝道活動というと大きくなりますが、主の愛、主の支えを有言無言で伝える。いずれにしても積極的な生き方への勧めです。賜物を、風呂敷に包んでしまうか、用いて行くか。「行い」に傾斜する箇所ですが、続きがあります。

直後に主は「エルサレム入城」をなさり、そこで「ロバ」を用いられます。世間的に見れば、乗り物としての評価は最低なものを「用いる」のです。「用いて行く」という選択肢に加えて、「用いられる」という選択肢もあることを覚えたい。聖書の根底には、存在の大切さがあります。「神は全てのものを見て良しとされた(創世記)」。ムナとは、「わたし」でもあります。神さまが私を用い、時に応じ、時にかなった益をもたらして下さるのです。