2022年11月29日火曜日

11/26.27 柳井、徳山、防府、そして小さな羊

 

11/29(火)徳山は雨です。暖かな空気ですが、この雨が上がると冷え込む予想。

主がご誕生された馬小屋に、小さな羊が一匹。誰が置いたのでしょう。

11/27(日)防府の礼拝堂です。

手前は、立派なポインセチア。この時期の鉢植えですね。

11/26(土)柳井の礼拝堂です。

「一粒の麦」利用者の方々も、飾りつけを助けて下さいました。

今週、来週の予定は以下の通りとなります。

11/30 水曜日 13時30分 益田チャペル訪問

        18時 六日市チャペル礼拝 

12/3  土曜日 15時 柳井チャペル礼拝

12/4 日曜日 10時45分 徳山チャペル礼拝      

        15時30分 防府チャペル礼拝

12/7 水曜日 18時 六日市チャペル礼拝

12/10 土曜日 15時 柳井チャペル礼拝

12/11  日曜日 10時45分 徳山チャペル礼拝      

        15時30分 防府チャペル礼拝

 今週の礼拝説教要旨は、以下の通りとなります。

 

 イザヤ2: 1 5 (1063)

 マタイ24:3644 (48)

 説教                   「月の輝き」 

主の時代には「黙示文学」「知恵文学」の双方が流行していたようです。前者は、第一朗読や福音書のような「世の終わり」を結論にし、そこに向け「どう生きるか」を問うもの。後者は「人生をどう生きるか、そのことのみを問う文学」。対照的です、聖書にも、主ご自身も、これらの形式を用いた言葉を言われます。主は不偏不党、あえて言えば神さまに傾倒しますが、この日の主は「黙示的」に表現します。でも思いを汲み、愛の言を聞きましょう。

 

第一朗読のイザヤ書は、「終わりの日の幻」として、戦具が用途を変え、農耕のための道具に変わると預言します。神ご自身による平和の構築と言えますが、預言者とは基本的に「神の怒りと自律(律法による自律)」を告げるものです。福音書の主のお言葉は「終末に備え、目を覚まし、用意する」とあります。来るとされる終末の日には、基準が不明の中で、人が天と地で二分されると言われます。預言書も主も、「回心」を告げるのです。

 

北イスラエルとの戦後に記載されたイザヤ2章は収穫を語り、戦塵を予感させる雰囲気のマタイ福音書で主は、働き手が突然召されるという理不尽さを語るのでしょう。これらの切迫感情は、今の私たちにはそれほど濃くないと思います。主は、ご自身の言葉が様々な時に読まれると予見されたのでしょう。福音書に続き、幾つかの話の結びに「終末に向けた生き方」を25章で語ります。日々の生の範囲内で、共に良く生きるという勧めです。

 

終末に向け「目を覚まし、用意する」信仰は、教会史に散見され、信条にも記載されますので、否定しません。ただ主は、知恵文学を踏まえた日々の勧めも語ります。多忙を極める宿屋(マタイ)、夜昼ない羊飼い(ルカ)など、聖書には働き人が多く登場します。託された賜物に「目を覚まし」、可能な限りで動けるよう「用意する」勧めとして、この日のみ言葉を聞きたい。主の輝きを受けて光るのが私たち。それはちょうど、太陽と月の関りなのです。