2018年10月21日日曜日

10/21 献花と礼拝


 10/21 徳山礼拝献花です。

 気づかぬうちに秋が深まった印象があります。

 昨日、六日市礼拝の帰り、外気温は六日市で9度でした。
 須々万でも9度。冬ですね。

 10/7と10/14は更新ができませんでした。
 ただ、礼拝は10/6.7.13.14と、益田、六日市、徳山でそれぞれ行われました。

 今日は礼拝後、きつねうどんとおにぎりを頂きました。

 今週の教会の予定は以下の通りです。

 10/22 火曜日  午前 水原牧師 柳井
15時 徳山聖書研究会


 10/26 金曜日  牧師 呉で奉仕


 10/27   土曜日 13時 益田市小浜礼拝 休会といたします。 
            14時 益田教会礼拝 通常通り行われます。
            19時 六日市礼拝 通常通り行われます。

   10/28 日曜日   10時45分 徳山教会礼拝



いずれの礼拝、集会にもどなたでもお越し頂けます。

今日の礼拝メッセージ要約は以下の通りです。

マルコ 10章17-31節
 

 「金持ちの青年」が聖書に登場します。順調すぎる人生の人も、時にふと、考え込んでしまうことがあるのでしょう。「永遠の命」のためにはどうすれば良いか。この青年も、「自分が死んでからも良い身分でありたい」と考えたのでしょうか。対して主は「人との関わり」を告げます。彼には思いもしなかったことでした。「両親から受け継いだ」財産を守ることが命題の彼にとって、その財産を分かち合う事など想定外なのです。去る青年の背中に、主のひとみとまなざしが「いつくしみ深く」注がれるのです。

 主は23節以降で「財産のある者が…」と、資産家を拒絶する言葉を言われます。無論、資産家への拒絶ではない。この青年の例を言えば、「財産を持っていても、使いどころを知らない」「他者との関わりを育もうとしない」ことへの嘆きがあったのです。主の青年への応対は、冷たすぎると感じられるかもしれません。しかし主は彼にとって、必要だと思われるからこれらを語ったのです。人との関わりは、人を豊かにさせます。

 さて、「財産の使いどころ」「人との関わり」と言われても、私たちには「自分の生活」を案ずる思いが浮かびます。私たちには無理があることを主は、「人には出来ないが、神には出来る」という言葉で結びます。つまり、「神さまが結びつけて下さった人のために」私たちは、自分に出来ることを少しだけ頑張って行う。そのことが主や、文中で出て来た十戒が語り掛けることなのです。この青年も、やがて気付いたでしょうね。