2020年4月15日水曜日

4/11.12 礼拝堂とお知らせ

  雨の日曜日となりました。花冷えの日曜日、裏の小学校の桜が
 散っていきます。「散る桜」に何か悲しみを覚えます。
  4/12 の徳山礼拝堂です。
4/12 の防府礼拝堂です。

 シオン教会(柳井、徳山、防府、六日市)では、5/6まで
 「礼拝の公開を中止」する措置を取っています。
 これは、「礼拝堂にて、一同に会する礼拝は中止」し、
 皆さまには「ご自宅ないしそれぞれの場所」で礼拝を守って頂くということです。

 慣れ親しんだ礼拝堂で、親しい方々と会することが出来ないことは
 まことに辛いものです。しかし今、感染症対策の最前線に居られる方々に、
 一層の負担を掛けないためにも、自宅において祈りを捧げることを
 大切と思い、この決断にいたりました。

 「ご自宅ないしそれぞれの場所」で礼拝をおこなうための「手引き」は、
 教会員各位には今週末に届くよう、手はずを整えています。
 またご希望の方には同様のものをお送りいたします。ご連絡ください。

 感染症対策にあたっておられる方々、
 ライフライン保持のために働かれている方々、
 介護職、教育関係職、為政の現場に居られる方々、
  お一人おひとりの働きを覚え、祈ります。

 イースター礼拝の説教要約は下記の通りです。


マタイ福音書281-10
「先が見通せない絶望」「見えない恐怖への恐れ」何もこれは、今年の私たちを取り巻く状況だけでありません。二千年前の、主の女性たちや主の弟子たちも、十字架以後に抱えていた心情でありました。「自分(たち)はこれからどうなるのか」「(官憲/ウィルスの)手がいつ迫るのか」その恐れの心情は、今まさにどなたもが抱かれていることでしょう。その状況下で、主が復活なさり、弟子たちの真ん中に立たれる(ヨハネ伝)のです。

日課は、女性たちが主の墓もうでに来たことによって始まります。言うまでもなく、復活信仰はありません。主のお体の保全のために来たと察します。しかしそこに、主の十字架時にも起きた「地震」が起きるのです(2751)。福音書の脈絡では、「死者の復活」を告げる、神さまの介入のしるしとなります。その地震は封印の大石を転がし、番兵たちを恐れさせるものでした。降下した天使は主の復活を告げ、女性たちは弟子たちに告げるために帰ります。

そこに復活の主が現れ「おはよう」と告げるのです。そして主は女性たちに、弟子たちへの伝言を託します。この伝言の内容は、先に降下した天使と重なるところがあります。鍵は「ガリラヤ」。天使は主が「ガリラヤに赴く(7)」と告げ、主も女性たちに「ガリラヤに行け(10)と告げよ」と言います。主と弟子たちとが始めに出会った場所、そこから歩みをもう一度始めようということです。そして過越祭終了後の「ガリラヤ帰還」は、実は他の参拝客に紛れるという意味で安全ということへの、主の弟子たちへの配慮となるのです。

ところで「おはよう」これは「喜びなさい」が原語の表現です。「喜ぶ」ための根拠は、主ご自身の復活です。それを目の当たりにしたから、女性たちは「彼女たちの表現で喜んだ(9)」のです。「根拠のある喜び」です。今日、「不安の根拠」ばかりが示され、煽られ、不審な噂が飛び交う日常です。その中で私たちはみ言葉に聞く。ガリラヤに帰った弟子たちが主に聞いた言葉を、この週は大切に持ち帰りたいと思うのです。すなわち、「世の終わりまで共に居る(2820)」。復活の主とこのみ言葉を、いのちの根拠としたい。