2016年10月2日日曜日

10/2 礼拝と献花、掃除

  本日の礼拝献花です。
 いつも同じアングル(角度)からの写真なのですが、この角度はお気に入りなのです。
 献花と十字架は、双方とも大切です。
  礼拝後、来週の教会結婚式を控えて大掃除や花壇の植え替えをいたしました。
 写真撮影後、初めて気づいた花を覆うこの影。誰のでしょう。

雑草とやぶ蚊の繁殖地だったこの場所も、きれいに手入れされました。

本日も徳山では礼拝が行われ、礼拝後には上記の大掃除が行われました。
教会の中もきれいにされました。

今週、来週も以下の日程で 礼拝が行われます。
週の初めの聖書の学びは、台風の進路次第で休会になる可能性もあります。

教会までご確認ください。

10/4(火)徳山C聖書の学び
  15:00~16:00
台風の進路で休会する場合もあります。

 10/6(木)には、
       益田にて、小浜礼拝13:00~
       益田教会では 14:00~ 礼拝、 
        六日市礼拝 19:30~ です。

 10/9(日)徳山10:45~
       柳井10:30~ 
        防府15:30~

本日の礼拝のメッセージです。



【ルカ福音書17110節】
冒頭でイエスさまは、躓(つまづ)きは避けられないと語ります。キリスト教信仰を持っても躓くのです。躓きとは、神さまや隣人への絶望や不信と言い換えることができます。私たちは、自身が躓かせられることも、他者を躓かせることもある。弟子たちは、躓きに関して無理と考えます。益して赦しなどと思います。どうすれば赦せるようになるのか。

弟子たちは自身の信仰が弱く、細いから赦しえないと考えたのです。小さな薄い信仰はダメと私たちも陥りやすい。例えば喜び,祈り,感謝」は高名な言葉です。自身を吟味すればこの言葉に到達し得ず、むしろ真逆の日々です。例えば、立派な信仰ならば喜び,祈り,感謝」の日々が待っているのでしょうか。だが主は驚きの言葉です。小さな信仰でも良いのです。小さな信仰でも、神さまはその信仰を用いて働くと言って下さるのです。

私たちは日々祈るものです。それは神さまが私たちに働いて下さるが故に為し得るのです。人を赦すことも同じです。自身のみで考えれば、憎い相手はいつまでも憎い。しかし神さまがこんな自分を通して働くことに思いが至るとき、赦しや祈りの芽が出るのです。木を海に植え替える働きも、祈りや赦しも、神さまは私たちを通して為すのです。今持つ信仰を卑下するでなく、あるがままで生きる。神はそのままの私たちを用いるのです。

 人を躓かせないように生きる生き方は、換言すれば四方八方に気を遣って生きることでもあります。大変です。むしろこの言葉は、お弟子さんたちが直面する当時のファリサイに向けた言葉です。ルターの言葉に「罪赦された罪人」。「大胆に罪を犯し大胆に告白」というものがあります。何か不都合、何か失敗があっても、それを大胆に神さまのみ前で報告する勇気を得たい。私たちの為してしまった不都合は、神さまが必ず良きに導いて下さいます。