2017年11月5日日曜日

11/5 礼拝と献花

  玄関の受付の花です。教会の方がいつも捧げて下さいます。
 花瓶を活かす活け方と思います。
聖壇の花です。会員の誕生日を覚えて捧げられた花です。

 多少慌ただしい一週間を過ごしました。更新も滞りがちでしたが、来週からは
通常に戻る事でしょう。

先週木曜日、本日ともに、益田小浜、益田元町、六日市、徳山で礼拝が行われました。


聖書の学びはございます。今週、来週ともに以下の日程で集会、礼拝が
 行われます。


11/7 (火) 徳山 聖書の学び

11/11 (土) 13:00 益田 小浜礼拝
        14:00 益田 元町礼拝
        19:30 六日市礼拝


11/12(日)10:45 徳山 礼拝 


いづれの礼拝、集会ともにどなたでもご自由にお集まりいただけます。

本日の礼拝メッセージは以下の通りです。



【マタイ2215-22節】
 懐かしい方々のことを思い出します。神さまは徳山からも益田からも、昨年の全聖徒礼拝以降にそれぞれ天に召しました。益田の安達姉は昨年11月、徳山の友澤兄は昨年12月でした。その方々に関わりのある私たちは、いろいろな式を通して思い出します。しかし実際の所は、今、どこで何をしているのか、考えます。聖書が語り掛けることを聞きたい。

 この日私たちは、聖書が「生臭い」ことを語るのを聞きます。主ではなく、対立する人々のことです。「ファリサイ派」と「ヘロデ派」とは、まったく異なる団体なのです。でも目的は共通、主を陥れるという一点で団結する。似たような光景は良く目にしますね。しかも両者は、完全に一致した訳でなく、ヘロデ派がファリサイ派を何気なく貶めていることにも注目です。ヘロデ派は、絶妙な政治バランスの持ち主でありましたが、この世を渡り歩く「渡り鳥」だったのです。

 そんな「悪意」を、主が見逃すはずがありません。税金問答に対して「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」とお答えになります。税金の可否を断ずれば、双方どちらかを喜ばせ、自身は即座に捕縛されることを見通した答えです。当時、貨幣には皇帝像が刻まれていましたから、あたりさわりのない答えと言えるでしょう。これで、税金賛成派のヘロデ派はもとより、反対派のファリサイ派も納得せざるを得ません。では、「神のもの」とは何か。これまでの主の議論の中で、「神のもの」を示唆する言葉は出て来たでしょうか。実はこの解釈に、今日のみ言葉が全聖徒主日に選ばれている大切な要点が含まれているのです。

 「神のもの」とは主ご自身です。主は今この時ではなく、やがて彼らにご自身を明け渡す宣言をなさった。つまり十字架にかかるお気持ちを彼らにも表明されたのです。さて、金曜に地上の生涯を終えた主は、日曜の朝に復活する。金曜から土曜は何をなさっていたのか。それに関して新約聖書の手紙は意義深いことを語っています。「主が黄泉に下ったのは、宣教するためだった」と。つまり、主を知って召された人はもとより、知らずして召された人にも主は、今この時も語り掛けて下さるのです。召された人にも、主は語ります。