2018年1月7日日曜日

1/7 海と献花と礼拝

  1/6の小浜海岸の様子です。天気晴朗。
  波高し。
  1/7の献花(といっても、先週お捧げ頂いた花です)。
1/7 容器が変わりましたが、お正月の花です。

 昨日、本日ともに益田小浜、益田元町、徳山では礼拝が行われました。
 外国から帰国されるであろう会員ご家族(六日市)のお知らせがあり、
 会員ご家族が大勢集われた礼拝でした(徳山)。
 益田小浜でも新年初めの礼拝が行われました。

 今週、聖書の学びは行われます。
 今週、来週ともに以下の日程で集会、礼拝が行われます。


1/9 (火) 徳山 聖書の学び 15時~16時
1/13 (土) 13:00 益田 小浜礼拝
       14:00 益田 元町礼拝         
       19:30 六日市礼拝

1/14(日)10:45 徳山 礼拝 


いづれの礼拝、集会ともにどなたでもご自由にお集まりいただけます。

本日の礼拝メッセージは以下の通りです。




【マタイ福音書2章1-12節】
 新年の顕現主日にはこの聖書が選ばれます。「顕現」とは「上に輝く」の意味です。新年を迎えることが出来た私たちにとって、めでたい言葉と言えるものです。では、輝きを上に置く私たちとは如何なるものか。聖書は、私たちの姿を古人の姿に当てはめて語ります。それは言うまでもなく、神さまがお語り下さるものなのです。聖書を通して自分自身を主のみ前に見直す時、「めでたい」意味は、「神さまがめでて下さる」と変化することでしょう。

 まず「東方からの学者」、なぜ聖書は彼らを「東」から登場させたのか。聖書で「東」とは、アダムとイブの失楽園「過ちを犯した追放の地」です。彼らはその東から到来したのです。いわば「過ちの回復のため」です。それでも当代一流の学者たちがまた過ちを犯すのです。導きの星を見失い、あろうことかベツレヘムでなくエルサレムを訪問してしまうのです。また「神殿の学者たち」。聖書に精通している彼らが、なんとみ言葉を捻じ曲げてしまうのです。

 「神殿の学者たち」が引用したのは、旧約聖書のミカ書です。見比べてみてください。元々のミカ書には「ベツレヘム」を「小さい」としています。しかし学者たちは「小さくない」としています。王の領地だから、実際は寒村であっても「小さい」と言うのははばかったのでしょう。それで、占星術と神殿学者たちの過ちの結果、何が起こったか。占星術の学者がヘロデの地位保全心に火を付け、神殿学者たちがそれを煽った。その結果、ヘロデはベツレヘムの周辺二歳以下の男子虐殺を為すのです。まことに主は、そのような人の世に生まれられたのです。

 人の世とは、きれいごとだけではありません。私たちも、何時しか不条理に巻き込まれ、あるいは当事者となってしまうのです。主にとっては、赤子として誕生したすでにその時から始められていたことなのです。しかし主は、一つ一つと向き合い、私たちを照らすために、やがて十字架へとお進みになるのです。かつて星を見失った占星術師たちに、神は再び導きを与え、み言葉を捻じ曲げた学者たちに神は、主を遣わされました。その神は私たちをめでて、愛して下さいます。この一年も、聖書の前に身を低くして聞きたい。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿