3/23 ミネソタで牧師をしている方から頂きました。
これはとってもフルーティな味わいでした。
3/22 その写真の一日前。柳井の玄関。汗ばむ日でした。
今週以降の行事は、以下のとおりです。
いずれの集会、礼拝にもどなたでもお越しいただけます。
3/26 水曜日 17時 六日市チャペル礼拝
3/29 土曜日 15時 柳井チャペル礼拝
15時 防府チャペル礼拝
4/2 水曜日 17時 六日市チャペル礼拝
4/5 土曜日 15時 柳井チャペル礼拝
4/6 日曜日 10時 徳山チャペル聖書の学び
10時45分 徳山チャペル礼拝
15時 防府チャペル礼拝
説教の要旨は以下の通りです。
□ルカ13:
1~ 9 (新134)
□ 説教 「出せない答えが答え」
「因果」という定理。それに宗教的「応報」思想と「金儲け」を加えると、宗教は腐敗します。「金儲け」が腐敗のもとです。「因果と応報」の考え方は、物事の「原因」を深く求める人々に答えとなったことは確かです。だから今日、「自己責任論」に形を変えて残るのです。
主は二つを挙げています。一つ目は宗教的災難。二つ目は労働災害。当事者や家族には納得し難い出来事です。「なぜ信心していたのに」「家族のため働いていたのに」。「原因」を求める思いは分かります。当時は「罪を犯した」から災難に出会うとの理解でした。
しかし主は「決してそうではない」と言われ、「悔い改めなければ滅びる」と言われます。一読すると、「因果応報」と読めます。ただ主の思いは、災難に「罪」の考えを持ち込む形を、「神のみ前に悔い改める」ことです。直後の「いちじくの木」が主の思いを示します。
「実を付けない」という主人の憤りは、レビ19:23を典拠とし、神への翌年の捧げものがない焦りと見ます。「実を結ばないから切る」のです。しかし園丁は木をかばいます。公生涯は3年目、主はこの時も人々を支える思いなのです。「かばう主」に感謝いたします。