2022年12月6日火曜日

11/30.12/3.12.4 益田、六日市、柳井、徳山、防府

 11/30(水)益田チャペルを訪問しました。 

 天候はあいにくの空模様でしたが、教会の方々ともお会いできました。

 2016年に召天された方を覚えて祈りました。

 12/4(日)徳山の庭。青ネギ。
 12/4(日)ポインセチアが防府に飾られました。
 12/3(土)待降節第2主日の礼拝が、柳井でも行われました。

11/30(水)益田のあとに、六日市を回って帰ってきました。

写真は、六日市礼拝での献花です。

今週、来週の予定は以下の通りとなります。

12/7 水曜日 18時 六日市チャペル礼拝 

12/8 木曜日 16時 牧師 大阪出張

12/10  土曜日 15時 柳井チャペル礼拝

12/11 日曜日 10時45分 徳山チャペル礼拝      

        15時30分 防府チャペル礼拝

12/14 水曜日 18時 六日市チャペル礼拝

12/17 土曜日 15時 柳井チャペル礼拝

12/18  日曜日 10時45分 徳山チャペル礼拝      

        15時30分 防府チャペル礼拝

 今週の礼拝説教要旨は、以下の通りとなります。

 マタイ3: 112(3)

 説教                   「ただいま、工事中」 

全てのことにつき、失敗とリスクは想定しつつ、懸命に努力します。が、想定外の出来事に失望することもあると思います。「良い実を結ばない木は皆、切り倒される(10)」と洗礼者ヨハネは語ります。厳しい言葉と思えます。これは「回心」を迫る、預言者に特徴的な説教ですが、一読すると、常に100%の結果を求める言葉に聞こえます。意味は何か。洗礼者ヨハネの直面した現状、ヨハネが預言した主イエスの生を、聖書を通して聞きましょう。

 

一般的に預言者とは、神から直接の啓示を受けたという誇りを元に、既成の枠組み内はなく枠外で活動し、世に問題を提起していました。特に、時の宗教者集団の戒律づくめの生ではなく、原点回帰を伝えるものでした。ヨハネの批判は、聖書でも「ファリサイ派やサドカイ派」に向いています。彼らは、自らそれと判ぜられる成り形(235)でヨハネの前に集います。そのこと自体がヨハネを怒らせ、「良い実を…」の言葉を出させたのです。

 

組織維持のためですが、「ファリサイ派」は良い100%の行い、「サドカイ派」は祭儀における規程100%の拠出を求め、神さまは善行で喜ぶと説いていました。ヨハネは彼らに「父(祖先)はアブラハムと思うな」祖先の名を汚している、というのです。神の業は、石からでも全てを創造できる(9)から、神さまの前に「悔い改めよ」と。神さまに方向転換すること、そして神さまを通して力を頂き、「良い実を結べ」と言うのです。そこで私たちの番です。

 

旧約に基づく「律法の達成/祭儀」の達成の思いは今の私たちにはありません。「神から力を頂いた上での働き」を日々行います。その結果には、様々なものがあります。「実を結ばなければ、切り倒す(10)」が、主の立場でしょうか? 否、「ぶどう園の労働者(20)」が参考になります。「主と共に行く道(3)」は、日々工事中で、段差もあります。行き悩み、つまずくとき、何処までも待って下さる主が、私たちを活かし、支えて下さるのです。