7/14(日)防府礼拝堂の献花でした。
造花…? たしかにそうですが、お心のこもったものです。
さすがに猛暑、夏本番でした。
今週以降の行事は、以下のとおりです。
いずれの集会、礼拝にもどなたでもお越しいただけます。
7/20 土曜日 15時 柳井チャペル礼拝
15時 防府チャペル礼拝
7/23 火曜日 18時半 六日市チャペル礼拝
7/27 土曜日 15時 柳井チャペル礼拝
7/28 日曜日 10時 徳山チャペル聖書の学び
10時45分 徳山チャペル礼拝
15時 防府チャペル礼拝
説教の要旨は以下の通りです。
■マルコ 6:14~29 (新71)
■ 説教 「今の時代の、ただ中に」
「知れ渡ったイエスの名(14)」は、「会堂長 (5:21)」の評判と見做せます。「奇跡の力(14)」が、癒しに用いられた一つの力でした。「出会い」も、もう一つの力でした。宗教者たちが病の方々に、律法や儀式を用いたなら、イエスは人として出会っていったのです。
「奇跡」は結果であり、主が語った本質は「神さまが共にある」との指針だったのですが。
さて「福音」は、本日の箇所の「位置」です。「1/4領主」ヘロデは、洗礼者ヨハネからの諫言を思い出していました。王はヨハネを尊敬(20)していました。ただ「略奪婚」に、レビ20:10に基づき諫言を受けていました(18)。そもそも「1/4領主」の呼称は、名声失墜を意味していましたが、逆恨みした妻へロディアの思惑が、名声を悪名と替えたのです。
へロディアは、娘の踊りの褒美にかこつけ、ヨハネを殺させました。自分の願いで命が召されることを承知していた(25)娘は、後代、「サロメ」と命名されます。現代にもこのようなニュースがあるかもしれません。本性を律せなかったヘロデ、口封じを行うへロディア、実行犯の娘。世俗的な「この出来事」が、主の活動に挟まれていることが福音なのです。
律法学者は法の順守を民衆に求め、為政者ヘロデには求めません。為政者はヨハネの諫言は耳の端に載せるものの、法を無視し、取り巻きへロディアは既得権益を保持し続ける。娘は忖度する。時代の質は「変わらない」中、聖書は「人々と向かい合った」イエスを語ります。今の時代の闇が、時の中で顕在化しています。その中で、主の光を照らしたい。