本日の礼拝献花、ピンクのバラでした。
赤いカーネーションの日は来週です。
母の日に先立ち、かわいらしい花が捧げられました。
連休の中日で、お休みの方も多かった本日の礼拝ですが、
予想を越えて大勢の方々で賑わう一日です。
来週も礼拝は、それぞれのチャペルで行われます。
いずれの礼拝にも、どなたでもご自由にお集まりいただけます。
5/10徳山10:45~
柳井10:30~
防府15:30~
5/7(木)には、
益田14:00~
六日市19:30~ です。
本日の説教要旨は、以下の通りとなっています。
桜が咲くと春を知り、葉桜になると初夏を思う私たちです。桜は、日本を代表する植物となっています。イエスさまの時代、ユダヤを代表する植物はブドウでした。聖書で、イエスさまはご自身をブドウの木に、神を農夫に、人々を枝葉や果実に例えます。イエスさまの意図は、ご自身の働きの立ち位置の表明。即ちご自身は大地に根を張る。この世から様々なものを「吸い上げ」、「枝葉」や「果実」に行かせるということです。
イエスさまが木なら弟子たちは枝葉。枝葉と言っても色々ですが、この時の弟子たちは柳の木のようなものでしょう。風に流されてしまうのです。この時ユダは逃亡しています。またペトロは勇敢な物言いをしますが、ペトロの心胆も主は見透かしています。弟子たちは現在「繋がって」いますが、主は弟子たちに「留まり続けよ」と語ります。実際、平静な時には、愛を聴いて頷きますが、聞いた事は忘れるのが弟子たちです。
「繋がり」を語るイエスさまのお心持ちはどんなだったでしょうか。当然のことを言わざるを得ない悲しみもお有りだったでしょう。ただ、この時お語りになった「繋がり」は弟子たちのこれからを支える言葉、と理解できます。神さまの愛は、平静な時には留まりますが、困難な時には忘れる。それで良いのです。困難から落ち着くと、神さまに繋がれていた自身を再発見するのです。いわゆる「導かれていた」のです。
だから、この葡萄の木の話を通して、私たちは「繋がれている」の言葉を希望としたいのです。危機の時は来るものです。しかし平静に戻る折、繋がれていた自身を見出し得るでしょう。私たち個々の心にイエスさまは根を張って下さいます。今の困難が実を結ぶことを希望したい。希望を持つことが「愛に留まる」ことです。私たち、困難な折もこの繋がりを信じて生きたい。やがて実る、それぞれの実を待ちましょう。